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「あがり症だから」は正しいのか? プレッシャーで実力が出せなくなる仕組み

2026年7月21日

大事な場面で普段どおりのプレーができなくなる――満塁のチャンスで力んでしまう、大観衆の前でいつもの送球ができなくなる。こうした現象は野球に限らずスポーツ全般で「チョーキング(choking)」と呼ばれ、しばしば「あの選手はあがり症だから」「メンタルが弱いから」という、個人の性格や精神力の問題として片付けられがちだ。しかし、スポーツ心理学・認知科学の研究では、チョーキングは精神力の強さ・弱さというより、プレッシャーが人間の注意の向け方を変えてしまうことによって起こる、誰にでも起こりうる認知的なメカニズムとして説明されている。今回はプロ野球LABのNPB成績分析とは別の切り口で、「なぜプレッシャー下でパフォーマンスが崩れるのか」を、公開されている研究知見をもとに初心者・指導者向けにかみ砕いて紹介する。

「自動化されたスキル」が壊れるとはどういうことか

バットスイングや送球といった、長年練習を積んで身につけた動作は、普段は一つひとつの筋肉の動きをいちいち意識しなくても、体が自動的に動く状態になっている。これを「自動化(automaticity)」と呼ぶ。歩くときに「右足を出して、次に左足を出して」と意識しないのと同じように、熟練した選手のスイングも、細部を意識しなくても滑らかに実行できる状態になっている。

ところがプレッシャーがかかる場面では、「失敗したらどうしよう」という自己意識・不安が高まり、本来なら意識しなくてよいはずの動作の細部に、意識的な注意が向いてしまうことがある。これは「明示的モニタリング理論」と呼ばれる考え方で、心理学者のSian BeilockとThomas Carrが2001年にJournal of Experimental Psychology: General誌に発表した研究で示されたものだ(出典:Beilock & Carr (2001))。この研究ではゴルフのパッティング課題を使い、プレッシャーがかかると熟練者ほど「腕の振り方」など動作の細部に注意を向けてしまい、本来なめらかに実行できていた動作をわざわざ一つひとつのステップに分解して確認するようになることが確認された。結果として、動きがぎこちなくなり、初心者のような不慣れな動作に「退行」してしまう。これはしばしば「paralysis by analysis(分析による麻痺)」とも呼ばれる現象だ。

熟練者と初心者では「効く指導」が逆転する

ここで指導上とても重要な知見がある。BeilockとCarrに加えてMacMahonとStarkesが2002年に発表した関連研究では、熟練者と未熟練者とで、注意の向け方がパフォーマンスに与える影響がまったく逆になることが報告されている。熟練した選手は、自分の動作そのものに注意を向けさせられる条件の方が、別のことに気を逸らされる条件よりもパフォーマンスが悪化した。逆に、まだ動作が身についていない未熟練者は、動作そのものに注意を向けた方が良い成績を残した。

つまり「集中しろ」「意識してやれ」という指導の言葉は、対象となる選手の熟練度によって、まったく逆の効果を生みうるということになる。まだ基本動作を習得している途中の選手にとっては、フォームの細部を意識させることは有効な指導になりうる。しかし、すでに動作が体に染み込んでいる熟練した選手に対して、大事な場面で「腕をこう振れ」「もっとしっかり見ろ」と動作の細部を意識させてしまうと、かえって自動化されたなめらかな動きを壊してしまう可能性がある。指導者にとっては、「集中しろ」の中身を、相手の習熟度に合わせて使い分ける視点が求められるということだ。

不安そのものが注意を奪う「注意散漫理論」

プレッシャー下でのパフォーマンス低下を説明するもう一つの考え方が「注意散漫理論」だ。こちらは、プレッシャーが引き起こす不安そのものが、本来なら目の前の課題に向けるべき注意資源を、「失敗したらどうしよう」「周りにどう見られているだろう」といった課題と無関係な心配事に奪われてしまう、という説明になる。人間が一度に処理できる注意の容量には限りがあるため、心配事に注意を割かれた分だけ、目の前のプレーに使える注意が減ってしまう、というイメージだ。

興味深いことに、BeilockとDeCaroらの研究では、普段「ワーキングメモリ(作業記憶。一時的に情報を保持し操作する脳の働き)」の容量が大きく、複雑な思考が得意とされる人ほど、プレッシャー下ではかえってチョーキングを起こしやすいという知見も示されている。これは、普段は思考力の高さが有利に働く場面でも、プレッシャー下ではその「考える力」自体が、不要な自己分析や心配事への注意配分という形で裏目に出てしまう可能性を示唆しており、「能力が高い選手ほど崩れることがある」という点は、選手個人の弱さを安易に責める文脈で使うべきではないことを示している。

バッティングにおける「内的焦点」と「外的焦点」

野球のバッティングに特化した研究として、CastañedaとGrayが2007年に発表した研究がある(出典:Castañeda & Gray (2007))。この研究では、打者の注意の向け先を「内的焦点(自分の体、たとえば手の動きや腕の使い方に注意を向けること)」と「外的焦点(打球の飛び方など、自分の体の外にある結果に注意を向けること)」に分けて、スイングのタイミングの誤差を比較している。

結果として、熟練したバッターに「手の動き」など内的な焦点に注意を向けさせると、スイングタイミングの誤差がかえって最大化してしまうことが確認された。つまり熟練したバッターにとっては、「打球がどう飛んでいくか」といった外的な焦点に注意を向けている方が、良い成績につながりやすい。これは先述の明示的モニタリング理論と一致する結果であり、「自分の体の動かし方」を意識しすぎることが、熟練した打者にとってはむしろパフォーマンスの妨げになりうることを示している。

指導現場でどう考えればいいか

ここまでの知見を踏まえると、「あがり症だから打てない」「メンタルが弱いから送球が乱れる」という説明は、実際に起きている現象の一面しか捉えていない可能性が高い。プレッシャー下でのパフォーマンス低下は、性格や精神力の優劣というより、「プレッシャーが注意の向け方を変えてしまう」という、誰にでも起こりうる認知的な仕組みとして理解した方が、選手への声かけも変わってくるはずだ。

指導の実践としては、まだ基本動作を習得している途中の選手には、フォームの細部を意識させる指導が有効な場合がある一方、すでに動作が体に染み込んでいる選手に対しては、大事な場面であればあるほど「体の動かし方」ではなく「打球の行方」「相手の反応」など、外側の結果に意識を向けさせる声かけの方が、本来の実力を発揮しやすくなる可能性がある。「集中しろ」という一言も、誰に対して、何を意識させるための言葉なのかによって、効果がまったく違うものになりうるという視点は、指導者にとって持っておく価値のある知見だと言える。

この記事についてのお断り

本記事は、プロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論を解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB選手個別の心理データや生体データを保有していないため、本記事で紹介した数値・知見はすべて公開されている査読論文からの引用であり、NPB選手個別のデータに基づく当サイト独自の分析や、特定選手を対象とした評価は含まれていない。また本記事はあくまで一般的な認知科学・スポーツ心理学の知見を紹介するものであり、個々の選手の精神状態や不調の原因を医学的・心理学的に断定するものではない。