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ルーティンは験担ぎか機能か? 決まった動作が集中を助ける仕組み

2026年7月21日

打席に入る前に必ず同じ順番でバットを構え、同じ回数だけ袖を触る――こうした決まった一連の動作を「ルーティン」と呼ぶ。プロ野球選手にもこうしたルーティンを大切にしている選手は少なくなく、ファンの間ではしばしば「験担ぎ」「気分の問題」として語られる。しかし、スポーツ心理学の研究を見渡すと、ルーティンには単なる思い込みでは説明しきれない、注意や不安のコントロールに関わる測定可能な機能があると考えられている。今回はプロ野球LABのNPB成績分析とは別の切り口で、「ルーティンには本当に効果があるのか」を、公開されている研究知見をもとに初心者・指導者向けにかみ砕いて紹介する。

ルーティンの効果を統合したメタ分析

ルーティンの効果を検証した個別の研究は数多く存在するが、研究ごとに対象や条件がばらばらで、結論も一致しないことがある。そこで有用なのが「メタ分析」と呼ばれる手法で、これは複数の研究結果を統計的に統合し、全体としての傾向を見る方法だ。2021年にInternational Review of Sport and Exercise Psychology誌に発表されたRupprecht、Tran、Gröpelらによるメタ分析では、ルーティンに関する112個の効果量(研究ごとの効果の大きさを統一的な指標に換算したもの)を統合して分析している。

この分析では、単純に「ルーティン導入前と導入後」を比較した場合の効果はそれほど大きくなかった(効果量SMC=0.31、これは「小さい」とされる水準)が、ルーティンを行うグループと行わないグループを設けて比較する、より厳密な実験デザインでは、中〜大程度の効果が確認されている。具体的には、プレッシャーが比較的かかりにくい場面で効果量g=0.64、プレッシャーが強くかかる場面ではg=0.70という結果が報告されており、いずれも「中程度〜大きい」とされる水準に当たる。ここで注目したいのは、プレッシャーがかかる場面の方が、ルーティンの効果がやや大きく出ている点だ。これは、ルーティンが平常時よりもむしろ緊張する場面でこそ効いてくる可能性を示唆している。

なぜルーティンは効くのか:4つのメカニズム

このメタ分析では、ルーティンが効果を持つメカニズムとして、主に4つの要素が挙げられている。1つ目は「注意の方向づけ」で、決まった手順を踏むことで、意識を課題に関係のある手がかりに集中させ、余計な雑念を排除する働きだ。2つ目は「不安の調整」で、決まった動作を繰り返すことで自律神経系(心拍や呼吸など、意識的にコントロールしにくい体の働きを司る神経系)が落ち着き、過度な緊張が和らぐと考えられている。3つ目は「自己効力感の向上」で、「いつも通りの準備ができた」という感覚が、「自分はやれる」という自信につながる。4つ目は「行動計画の整理」で、次に何をするかという段取りを体に染み込ませておくことで、迷いなく動作に入れるようになる、というものだ。

これらのメカニズムは、前回の記事で紹介した「チョーキング(プレッシャー下でのパフォーマンス低下)」の仕組みとも密接につながっている。プレッシャーは自己意識や不安を高め、注意を本来向けるべきでない場所に向けさせてしまうことでパフォーマンスを崩す。ルーティンは、この「注意の暴走」や「過剰な自己焦点化」を未然に防ぐ、具体的で実践しやすい対策の一つとして位置づけることができる。

「ルーティンさえやれば結果が出る」わけではない

ここで正直に伝えておきたいのは、ルーティンの効果のうち、どこまでが「注意や自律神経系への働きかけ」という機能的な効果で、どこまでが「これをやれば大丈夫だ」という思い込み(プラシーボ的要素)によるものなのかを完全に切り分けた決定的な研究は、現時点では見当たらないという点だ。効果の内訳がすべて解明されているわけではない。

ただし、先述の通り注意の向け方や自律神経系の変化という、測定可能な仕組みが複数の研究で繰り返し言及されていることから、ルーティンの効果を単なる「気分の問題」「思い込み」の一言で片付けてしまうのは正確ではないと言える。また、メタ分析で報告された効果量は中〜大程度ではあるものの、決して「魔法のように結果を保証するもの」ではない。ルーティンを取り入れたからといって技術そのものが向上するわけではなく、あくまで元々持っている技術を、プレッシャー下でも発揮しやすくするための下支えと捉えるのが適切だろう。

イチロー選手の例に見るルーティンの意味

打席に入る際の一連の所作を大切にしていたことで知られるイチロー選手のような例は、しばしば「縁起担ぎ」として語られがちだが、ここまで紹介してきた研究知見を踏まえると、そうした一連の動作は、打席という高いプレッシャーのかかる場面で、注意を目の前の投球に集中させ、不安を鎮め、いつも通りの心身の状態を再現するための、理にかなった準備行動だったと捉えることもできる。長年にわたって同じ動作を積み重ねてきたこと自体が、その選手にとっての「行動計画の整理」として機能していた可能性がある。

指導現場でどう考えればいいか

少年野球や指導の現場では、選手が独自のルーティンを持つこと自体を、単なる子どもっぽい儀式やこだわりとして軽んじず、「なぜそれをやるのか」を選手自身に理解させることが重要だと考えられる。「いつも同じ準備をすることで、気持ちを落ち着かせ、目の前のプレーに意識を戻すためのものだ」という理解があるかどうかで、ルーティンを継続する意欲や、本番でのプレッシャーへの向き合い方も変わってくるはずだ。一方で、ルーティンを型として押し付けたり、「これさえやれば打てる」という過剰な期待を持たせたりすることは避け、あくまで技術練習と並行する形で位置づけることが望ましい。

この記事についてのお断り

本記事は、プロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論を解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB選手個別の心理データや生体データを保有していないため、本記事で紹介した数値・知見はすべて公開されている査読論文からの引用であり、NPB選手個別のデータに基づく当サイト独自の分析や、特定選手を対象とした評価は含まれていない。イチロー選手をはじめ実在の選手への言及は、あくまで一般に広く知られている事実に基づく例示であり、選手個人への評価や分析を意図したものではない。