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『江夏の21球』― 無死満塁のピンチから、江夏豊はなぜ近鉄打線を封じ込められたのか

2026年7月30日 ・ 1回閲覧 ・ 執筆: 佐野健一(サノケン)

1979年11月4日、大阪球場で行われた日本シリーズ第7戦、広島東洋カープ対近鉄バファローズ。4対3と広島が1点リードで迎えた9回裏、抑えとしてマウンドに上がっていた江夏豊は、先頭打者のヒットから無死満塁という、サヨナラ負け・日本一逃しが目前に迫る絶体絶命のピンチを招く。だが江夏はそこから後続を打ち取り、広島球団創設以来初の日本一を呼び込んだ。この9回裏に投じられた21球は「江夏の21球」として、プロ野球史に残るノンフィクションの題材にもなった伝説の場面だ。当サイト「球史に残る伝説の名場面・珍プレー」シリーズでは、この一戦を取り上げる。

先に断っておくと、この記事は当サイトが独自に算出している優勝確率・LABバリューといった分析とは無関係の、球史を振り返る一般的なフィーチャー記事である。事実関係は複数の報道・記録をもとに確認できた範囲に限定して記載している。

結論 ― 無死満塁から無失点で切り抜け、日本一を呼び込んだ21球

まず結果から確認しておきたい。この試合は4対3で広島が勝利し、球団創設以来初めての日本一を達成している(時事ドットコム)。9回裏、近鉄の攻撃は6番・羽田耕一の初球ヒットから始まった。1塁には代走・藤瀬史朗が入る。続く打者への投球中に藤瀬が盗塁を試み、捕手・水沼四郎の二塁送球が悪送球となったことで、ノーアウト3塁というピンチに発展した。その後、四球などを挟んで無死満塁というサヨナラ負け目前の状況になっている(Wikipedia「江夏の21球」)。ここから江夏は次打者を三振に仕留め、続く一死の場面では石渡茂のスクイズ(1点を取りにいくバント作戦)を見破って三塁走者をタッチアウトにし、最後は石渡本人を三振に討ち取って試合を締めくくった。

技術論 ― なぜスクイズを見破れたのか

この場面で特に語り継がれているのが、一死3塁からの石渡茂のスクイズを外した投球だ。江夏はカーブの握りのまま、ボール球となる高めへ「ウエスト」した(あえてボール球を投げて相手のバント・盗塁を無効化する投球術)。石渡は飛びつくようにバットを出したがボールの下をくぐり抜け、スタートを切っていた三塁走者は本塁を諦めて三塁に戻ろうとしたものの、すでに二塁走者が三塁に達していて戻る場所を失い、その場でタッチアウトとなった。江夏はのちに、この投球を「意図的に外した」と説明しているという(Wikipedia「江夏の21球」)。スクイズを外すこと自体は珍しい配球ではないが、無死満塁からの一連の流れの中でバッテリーが相手の作戦を正確に読み切り、しかも失投ではなく明確な意図を持ったボール球で対応したという点に、この場面の技術的な価値がある。

戦術論 ― 無死満塁という「最悪の場面」での配球術

無死満塁は、投手にとって最も避けたい場面の一つだ。フォースアウト(内野ゴロで最も近い塁の走者をアウトにできる状態)を取れる可能性はあるものの、一本のヒットで同点、二本で逆転サヨナラという緊張感の中では、際どいコースを攻めれば四球のリスクが高まり、置きにいけば痛打のリスクが高まる。江夏はこの場面でまず一人を空振り三振に打ち取り、走者を進めさせないまま二死を作りにいく組み立てを見せた。相手の作戦(スクイズ)を読んでウエストボールで対応した判断も含め、力任せに抑えたのではなく、状況を冷静に読みながら投球を組み立てていたことがうかがえる。

球史での位置づけ ― ノンフィクションの題材にもなった21球

この9回裏の攻防は、のちにスポーツライター・山際淳司氏によるノンフィクション作品「江夏の21球」として発表され、『Sports Graphic Number』創刊号に掲載された。その後もエッセイ集に収録されるなど、長く読み継がれる作品になっている。一つの回・一人の投手の投球をここまで詳細に描いた作品が生まれたこと自体、この場面がいかに緊張感に満ちた、後世に語り継ぐ価値のある攻防だったかを物語っている。

まとめ ― 最大のピンチが最大の見せ場になった夜

江夏の21球は、抑え投手が招いた最大級のピンチが、そのまま球史に残る名場面に転じた稀有な例だ。無死満塁という絶体絶命の状況から、力ではなく読みと配球で切り抜けたこの9回裏は、プロ野球というスポーツが持つ緊張感とドラマ性を凝縮した場面として、今も語り継がれるにふさわしい一戦だと言える。

この記事についてのお断り

本稿は、当サイトが独自に算出している優勝確率・タイトル獲得確率・ピタゴラス勝率・Elo・LABバリューといった分析とは無関係の、球史を振り返る一般的なフィーチャー記事である。試合結果・最終スコアについては時事ドットコム、9回裏の経緯およびスクイズを外した具体的な投球内容についてはWikipedia「江夏の21球」の記事をそれぞれ出典とした。本稿は江夏豊選手・近鉄バファローズの打者陣、双方への敬意を持って執筆した。事実関係について誤りがあればご指摘いただきたい。

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佐野健一

この記事を書いた人

佐野健一(サノケン) ・ プロ野球LAB 編集長・データアナリスト

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