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「肘は肩より高く」「サイドスローは危険」は本当か? アームスロットの科学

2026年7月21日

少年野球の指導現場で必ずと言っていいほど耳にする教えが2つある。「肘は必ず肩より高く上げて投げなさい」と、「サイドスローは肘や肩を痛めやすいから、なるべく上から投げなさい」というものだ。どちらも「肘は高い位置にあるべきだ」という共通の前提に立っている。しかし、投球障害を専門に扱う学術研究を見ると、この2つの俗説はどちらも実態をやや単純化しすぎていることが分かる。今回は、プロ野球LABの通常のNPB成績分析とは別の切り口で、アームスロット(腕の出どころ・投球角度)と怪我のリスクについての科学的知見を、初心者・指導者向けに整理する。

最初にお断りしておきたいのは、本記事はあくまで公開されている学術研究の紹介であり、医学的な診断や「このフォームなら怪我をする・しない」という断定を行うものではないという点だ。投球障害の要因は非常に複雑で、フォーム以外にも投球数や休養、成長段階、筋力など多くの要素が絡み合う。ここで紹介するのは、あくまで研究で報告されている「傾向」であることを念頭に読み進めてほしい。

「肘下がり」と「アームスロットが低いこと」は別問題

日本の学会誌である日本アスレティックトレーニング学会誌に掲載された投球肘障害に関するシステマティックレビュー(複数の研究をまとめて評価した論文、坂田淳氏、2017年)では、学童期の野球選手を対象にした前向き研究(同氏らによる2016年の研究)が紹介されている。そこで肘の内側の障害(内側側副靭帯周辺の痛みなど)の危険因子として挙げられているのは、「コッキング相(足が地面に着いてから、肩が最大に外旋するまでの局面)における肩の外転角度の減少」、つまり動作の途中で肘が肩のラインより相対的に下がってしまう現象だ(日本アスレティックトレーニング学会誌 2017年掲載レビュー)。

ここが俗説と科学的知見のズレるポイントだ。問題視されているのは「アームスロットが低いこと」そのものではなく、「投球動作の途中で、本来あるべき角度から肘が下に落ち込んでしまう動き」、いわゆる「肘下がり」という動作の乱れの方である。最初から低いアームスロットで安定して投げている投手と、本来のスロットより肘が落ちてしまっている投手とでは、同じ「肘が低く見える」フォームでも意味が全く違う、ということになる。

サイドスローは本当に危険なのか

「サイドスローは怪我をしやすい」という俗説についても、研究結果は一枚岩ではない。2023年に発表された系統的レビューでは、サイドアーム投法(横手投げ)はオーバーハンド(上手投げ)と比べて肘への負荷が高くなる傾向がある一方で、肩の外転角度そのものが低い投手の方が肘への負荷が低い傾向を示す報告もあり、一見矛盾するような結果が併存していると整理されている(2023年系統的レビュー)。つまり「アームスロットの高さ」という一つの軸だけで、怪我のリスクの高低をきれいに並べることはできない、というのが現時点での研究の到達点だ。

加えて、アームスロット(投球時の腕の角度)そのものは、肘の内側側副靭帯(いわゆるトミー・ジョン手術の対象になる靭帯)の厚さと直接の相関を示さないという報告もある。靭帯の厚さは投球によって生じるストレスの積み重ねを反映すると考えられる指標の一つだが、それがアームスロットの高低だけで単純に説明できるわけではない、ということだ。「低いスロット=即危険」という単純化は、現状の研究知見からは支持されにくい。

では何が問題なのか ― 体幹とスロットの噛み合わせ

これらの研究を総合すると見えてくるのは、「肘の絶対的な高さ」ではなく、「体幹の傾き方(左右への倒れ方)と、腕が出てくる角度(アームスロット)が噛み合っているかどうか」という視点の方が重要らしい、という考え方だ。上から投げる投手が体を大きく横に倒しながら投げれば、体幹の傾きと腕の出どころがずれて、結果的に「肘下がり」に近い状態を作ってしまう可能性がある。逆に、サイドスローの投手が体幹をきちんと横に倒し、その角度に合わせて腕を振り出せていれば、それは「本人にとって自然で一貫したアームスロット」であり、単純に危険視されるべきものではない。

この考え方に立つと、少年野球の指導で「肘を高く上げなさい」と一律に号令をかけるのは、必ずしも実態に即していないことになる。むしろ大事なのは、その投手が持っている体の使い方(体幹の傾き)に対して、腕の出どころが不自然にズレていないか、そして投球動作の中で肘が急激に下に落ちる瞬間がないか、という点を見てあげることだろう。上手投げでも横手投げでも、その投手なりの一貫したフォームで、動作の途中に極端な「崩れ」がないことの方が、単純な「肘の高さ」よりも意味を持つと考えられる。

指導現場での向き合い方

最後に強調しておきたいのは、投球障害の研究はまだ発展途上の分野で、今回紹介した知見も「絶対にこうすれば怪我をしない」という保証ではないということだ。特に成長期の選手については、骨や靭帯がまだ発達段階にあり、大人の投手を対象にした研究結果をそのまま当てはめられるとは限らない。「肘を高く」という号令一つで片付けず、その子固有のフォームの一貫性や、投球数・休養といった負荷管理も含めて総合的に見ていく姿勢が、指導者には求められると言えるだろう。

この記事についてのお断り

本記事は、プロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論を解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB公式の投球トラッキングデータ(回転数・投球角度の実測値など)を保有していないため、本記事の内容はすべて公開されている査読済み学術論文からの引用であり、当サイト独自の分析は含まれていない。また、投球障害の予測や診断は本記事の目的ではなく、痛みや違和感がある場合は自己判断せず専門の医療機関に相談することを勧める。