Column
野球肘・野球肩はなぜ起こるのか ― 「根性が足りない」ではなく構造の問題として理解する
2026年7月21日
少年野球の練習を見ていると、肘や肩に痛みを訴える選手に対して「気合が足りない」「痛みは我慢すれば治る」といった言葉がかけられる場面に出くわすことがある。だが投球障害を扱う医学の世界では、野球肘・野球肩は精神論とは全く別の、体の構造上の問題として説明されている。今回はプロ野球LABのいつものNPB成績分析とは離れて、なぜ肘や肩が痛くなるのか、その仕組みを整形外科学会・スポーツ医学会が公表している資料をもとに、保護者・指導者向けにかみ砕いて整理する。
最初にお断りしておきたいのは、本記事は医学的な診断や治療方針を示すものではないという点だ。あくまで公開されている学会・研究機関の情報を紹介するにとどまる。実際に痛みや違和感がある場合は、自己判断で様子を見るのではなく、必ずスポーツ整形外科など専門の医療機関に相談してほしい。
野球肘 ― 繰り返しの投球が肘の内側に負荷を集中させる
日本整形外科学会の解説によると、野球肘は成長期の選手が投球を繰り返すことで、肘関節に過剰な負荷が蓄積して起こるとされる。特に少年期に多いのは肘の内側に痛みが出る「内側型」で、これに加えて肘の外側の骨・軟骨が損傷する「離断性骨軟骨炎」などの「外側型」も見られるという(出典:日本整形外科学会「野球肘」)。
同学会が最も重視しているのが、治療方針として挙げられている「投球の中止・肘の安静」だ。痛みがあるにもかかわらず投げ続けると症状が悪化し、状態によっては手術が必要になる場合もあるとされている。つまり「痛みを我慢して投げ続けること」自体が、悪化を招く直接的な要因になりうるということだ。これは根性の有無とは関係のない、組織の損傷が積み重なっていくという物理的な現象として理解する必要がある。
野球肩 ― 投球動作の局面ごとに違う部位へストレスがかかる
肩の痛み、いわゆる投球障害肩(野球肩)についても、日本臨床整形外科学会(日本整形外科学会とは別の団体である点に注意)が解説を公開している。それによると、投球動作は複数の局面(テイクバック、コッキング、加速、フォロースルーなど)に分かれており、局面ごとに肩関節の異なる部位に異なる種類のストレスがかかるという。原因は投球過多だけでなく、フォームの乱れ、肩関節そのものの緩みやタイトネス(硬さ)、さらには股関節や体幹といった全身の機能不全が肩に負担を集中させることなど、複合的な要因が絡み合っているとされる(出典:日本臨床整形外科学会「投球肩」)。
ここで重要なのは、野球肩は「肩だけの問題」ではなく、下半身から体幹、肩へとつながる体全体の連動の乱れが肩に集中した結果として現れることがある、という点だ。フォームの崩れや疲労による全身の使い方の変化が、結果的に肩への負荷集中という形で表面化する場合があるということになる。
年齢によって痛みの出やすい部位・時期が違う
日本臨床スポーツ医学会が2003年に発表した「青少年の野球障害に対する提言」では、野球肘の発生は11〜12歳ごろにピークを迎え、野球肩の発生は15〜16歳ごろにピークを迎えるとされている。また、投手・捕手はポジションの特性上、投球障害の発生頻度が他のポジションより高くなる傾向があるため、各チームで投手・捕手を複数名育成しておくことが望ましいとも提言されている(出典:日本臨床スポーツ医学会「青少年の野球障害に対する提言」2003年)。
つまり、同じ「肘や肩の痛み」でも、選手の年齢によって注意すべき部位や背景が変わってくる。指導者や保護者としては、「うちの子はこの年代だから、この部位に負荷が集中しやすい時期なのかもしれない」という目安として、この年齢傾向を頭の片隅に置いておくとよいだろう。
肩の硬さ(GIRD)と投球種目の関係
肩の可動域に関する研究知見も紹介したい。「GIRD(肩関節内旋可動域制限)」と呼ばれる状態は、肩の後方にある関節包(かんせつほう、関節を包む組織)が硬くなることで生じるとされ、肩の内部で組織が損傷するSLAP損傷などのリスク因子の一つとして位置づけられている。社会人野球投手47名を対象にした研究では、投球側肩の内旋可動域の左右差が20度以上ある「GIRD群」(24名)は平均26.0±12.6度、20度未満の「健常群」(23名)は平均50.0±14.3度と、両群の可動域に統計的に意味のある差(p<0.001)が確認されている(出典:理学療法科学34(5), 2019)。この研究は成人投手を対象にしたもので、中学生など若年層のデータや、投球系種目と非投球系種目の比較を行ったものではない点には注意してほしい。
この結果は、投球という動作自体が肩の後方組織に一定の負担をかけやすい性質を持っていることを示唆している。だからといって「投球は危険だからやめるべき」という話ではなく、投球を続けるスポーツだからこそ、肩の可動域のケア(ストレッチなど)が意味を持ちうる、という理解の仕方をするのが妥当だろう。
まとめ ― 痛みは「我慢するもの」ではなく「サインとして受け止めるもの」
ここまで紹介してきた知見を総合すると、野球肘・野球肩は、成長期の体に投球という反復動作特有の負荷が繰り返しかかることで生じる、構造上・力学上の現象として説明されている。根性や気合の問題ではなく、負荷が特定の部位に集中し、修復が追いつかなくなることで起こる、というのが医学的な理解の骨子だ。
だからこそ、「痛みを我慢して投げ続ける」という選択は、多くの場合において状態を悪化させる方向に働きうる。痛みや違和感を選手が訴えたときは、それを「気合の足りなさ」ではなく体からの重要なサインとして受け止め、投球を中止し、早めにスポーツ整形外科など専門の医療機関に相談することが、選手の将来的な競技継続のためにも重要だと考えられている。
なお、本記事はプロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論・体づくりを解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB公式の投球トラッキングデータ(回転数や投球時の関節にかかる負荷の実測値など)を保有しておらず、本記事の内容はすべて日本整形外科学会・日本臨床整形外科学会・日本臨床スポーツ医学会(いずれも別団体)および公開されている学術論文からの引用であり、当サイト独自の分析は含まれていない。繰り返しになるが、痛みや違和感がある場合は自己判断せず、必ず医療機関に相談してほしい。