Column
ウォームアップとクールダウンの正しいやり方 ― 静的ストレッチとアイシングをめぐる近年の議論
2026年7月21日
「運動前は入念に体を伸ばす静的ストレッチをすべきだ」「痛めたら、腫れたら、とにかく冷やせばいい」。こうした考え方は、野球に限らずスポーツ全般で長年当たり前とされてきた。しかし、スポーツ科学の分野では、この「当たり前」を見直す研究や議論が積み重ねられている。今回はプロ野球LABのいつものNPB成績分析とは離れ、ウォームアップとクールダウン、そして応急処置の考え方について、公開されている研究知見をもとに整理する。
最初にお断りしておきたいのは、本記事は医学的な診断や治療方針を示すものではないという点だ。あくまで公開されている研究・専門家の見解を紹介するにとどまる。実際に痛みや腫れが強い場合は、自己判断で処置を済ませるのではなく、必ず医療機関に相談してほしい。
運動前は「動的ストレッチ」、運動後は「静的ストレッチ」という使い分け
ストレッチには大きく分けて、体を動かしながら関節や筋肉を大きく動かしていく「動的ストレッチ」と、一つの姿勢を維持してじっくり伸ばす「静的ストレッチ」の2種類がある。かつては運動前のウォームアップとして、静的ストレッチで入念に体を伸ばすことが推奨される場面が多かった。
ところが、運動の直前に静的ストレッチを行うと、その直後の筋力やパワーの発揮が一時的に低下する可能性があることが、複数の研究で報告されている。爆発的な力の発揮が求められる投球やスイング、全力疾走といった動作の直前には、静的ストレッチよりも、実際の競技動作に近い形で体を大きく動かしながら温めていく動的ストレッチのほうが適している、という考え方が近年は広がっている。
一方、運動後のクールダウンの場面では、静的ストレッチにも意味があるとされる。運動後にゆっくりと筋肉を伸ばすことは、体をリラックスさせる方向に働く神経(副交感神経)を優位にし、疲労回復につなげる目的で推奨されることが一般的な整理だ。つまり「運動前は動的、運動後は静的」という使い分けが、現在のスポーツ科学ではおおむね支持されている考え方と言える。
「RICE」から「PEACE & LOVE」へ ― アイシングをめぐる議論
捻挫や打撲などの応急処置として長年広く使われてきたのが、Rest(安静)・Ice(冷却)・Compression(圧迫)・Elevation(挙上)の頭文字を取った「RICE」という考え方だ。1978年に提唱されて以来、スポーツ現場の応急処置の基本として定着してきた。
これに対して2019年、Dubois氏とEsculier氏がBritish Journal of Sports Medicine誌で、「PEACE & LOVE」という新しい枠組みを提唱した。受傷直後の急性期にはPEACE(Protection:保護、Elevation:挙上、Avoid anti-inflammatory modalities:抗炎症的な処置を避ける、Compression:圧迫、Education:正しい知識の獲得)を、受傷から数日後(目安として4日目以降)の亜急性期にはLOVE(Load:負荷をかける、Optimism:前向きな心構え、Vascularisation:血流を促す有酸素運動、Exercise:運動療法)を原則とすることが提案されている(出典:Dubois B, Esculier JF. "Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE." Br J Sports Med. 2020)。
この枠組みで特に議論を呼んでいるのが、過度な冷却や、必要以上の完全安静が、かえって組織の修復を遅らせる可能性があるという指摘だ。炎症反応は組織が治っていく過程で本来必要なプロセスであり、それを過度に抑え込みすぎることが回復を妨げる可能性がある、という考え方が背景にある。ただし、これは当サイトが二次情報(複数の解説記事)をもとに確認している内容であり、「アイシングは常に間違いだ」と断定できるほど研究の決着がついているわけではない。この分野は今なお議論が続いている領域であり、慎重に受け止める必要がある。
応急処置は自己流に頼らず、まずは専門家に
アイシングをめぐる議論が示しているのは、「これまでの常識が絶対ではない」ということであると同時に、「じゃあ何もしなければいい」という単純な話でもない、ということだ。痛みや腫れの程度、受傷からの経過時間、部位によって適切な対応は変わってくる。特に成長期の選手や、痛みが強い・腫れが引かない・関節が動かしづらいといった状態がある場合は、自己判断で様子を見るのではなく、早めにスポーツ整形外科など専門の医療機関で診てもらうことが最優先だ。
まとめ
ウォームアップは「運動前は動的ストレッチ、運動後は静的ストレッチ」という使い分けが現在のスポーツ科学ではおおむね支持されている。また応急処置についても、従来の「RICE」に加えて「PEACE & LOVE」という新しい考え方が登場し、冷却や安静のしすぎが回復を遅らせる可能性が議論されるようになっている。ただし、いずれも「絶対にこうすべき」という断定ができる段階ではなく、研究や専門家の見解は今も更新され続けている領域だ。痛みや違和感が続く場合は、自己流の対処に頼らず、医療機関に相談することを基本にしてほしい。
なお、本記事はプロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論・体づくりを解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB公式の医療・トレーニングデータを保有しておらず、本記事の内容はすべて公開されている学術論文・専門家の解説からの紹介であり、当サイト独自の分析は含まれていない。繰り返しになるが、痛みや腫れが強い場合は自己判断せず、必ず医療機関に相談してほしい。