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野球選手に必要な柔軟性・可動域トレーニング ― 「体が硬い=根性不足」ではない

2026年7月21日

「体が硬くても、気合と練習量でカバーできる」。こうした精神論は、野球の現場で今も耳にする言葉だ。しかし、投球障害や腰痛の研究では、肩や股関節の可動域の制限が、痛みのリスクと関連することを示唆する報告が積み重ねられている。今回はプロ野球LABのいつものNPB成績分析とは離れ、柔軟性・可動域トレーニングがなぜ重要とされているのか、公開されている研究をもとに整理する。

最初にお断りしておきたいのは、本記事は医学的な診断や治療方針を示すものではないという点だ。あくまで公開されている研究機関・学術論文の情報を紹介するにとどまる。実際に痛みや違和感がある場合は、自己判断で様子を見るのではなく、必ずスポーツ整形外科など専門の医療機関に相談してほしい。

投げる側の肩の「内向きの動き」が硬くなる現象(GIRD)

投球動作を繰り返す選手の投球側の肩には、内側方向への動き(内旋)が反対側の肩より狭くなる現象が起こることがある。これは専門用語で「GIRD(肩関節内旋可動域制限)」と呼ばれ、肩の後方にある関節包(関節を包む組織)が硬くなること(後方タイトネス)が主な要因の一つとされる。この状態は、肩の内部で組織が損傷するSLAP損傷や、インピンジメント症候群(腱や組織が骨に挟まれて炎症を起こす状態)といった投球障害肩のリスク因子の一つとして位置づけられている。

社会人野球投手47名を対象にした研究(理学療法科学34(5), 2019)では、投球側と反対側の肩の内旋可動域の差が20度以上ある選手をGIRD群(24名)、20度未満の選手を健常群(23名)として比較したところ、GIRD群の内旋可動域は平均26.0±12.6度、健常群は平均50.0±14.3度と、統計的に有意な差が確認された(出典:理学療法科学34(5), 2019「社会人野球投手の肩関節における内旋可動域制限と後方動揺性の関係」)。

この研究の主眼は、GIRD(肩後方の硬さ)と、肩関節の後方の緩さ(後方動揺性)という、一見相反する二つの現象が同じ選手の肩に併存しうるかを検証することにあった。結果として、GIRD群・健常群ともに約半数の選手に後方の緩さが確認され、「肩の硬さ」と「肩の緩さ」は必ずしも相反せず、同じ肩の中に併存しうることが示されている。なお、この研究の対象はあくまで社会人(成人)投手47名であり、中学生など若年層を対象にしたものではなく、また投球系の種目と非投球系の種目を比較した研究でもない点は明記しておきたい。

股関節の柔軟性と、腰痛・投球障害との関連

肩だけでなく、股関節の柔軟性、特に内側方向への動き(内旋可動域)も、野球選手の腰痛や投球障害と関連することを示唆する研究がいくつか報告されている。

高校の硬式野球部員27名(腰痛のある選手7名、ない選手20名)を対象にした研究では、腰痛のある選手はステップ側の脚(軸足ではない側)の股関節内旋可動域が平均25.0±7.9度と、腰痛のない選手の平均41.9±10.2度に比べて有意に低かったと報告されている(出典:日本理学療法学術大会「高校野球選手における腰痛と股関節内・外旋可動域との関係」)。

また、中学の硬式野球チームを対象にした研究では、左股関節の内旋可動域が45度未満であることが、腰椎分離症(成長期に多い腰の疲労骨折)の発生と統計的に有意な関連を持つことが示唆されている。この研究では分離症を発症した選手が全員右投げ右打ちであったことから、投球・打撃動作でステップを踏む側(左股関節)の可動域制限が、腰への負担集中に関わっている可能性が指摘されている(出典:日本臨床スポーツ医学会誌「中学硬式野球チームにおける腰椎分離症の発生のリスク因子の検討」)。

なぜ可動域の制限が、離れた部位の負荷につながるのか

投球やバッティングの動作は、下半身で生み出した力を股関節・体幹を経由して肩・腕・指先へと伝えていく、全身を使った一連の連動(運動連鎖)だと説明されることが多い。この連動のどこかの関節に可動域の制限があると、そこで力の伝達がスムーズにいかなくなり、他の部位、特に肩や肘、腰といった箇所に負荷が余分に集中しやすくなると考えられている。前述の研究で、股関節の可動域制限が腰の障害と関連していたのも、こうした運動連鎖の乱れの一つの表れだと解釈できる。

ただし、これはあくまで力学的なメカニズムとしての一般的な説明であり、可動域の制限だけが痛みの唯一の原因だと断定できるものではない。フォームや筋力、疲労の蓄積など、他の要因も同時に関わっているのが実際のところだろう。

柔軟性トレーニングは「怪我をしてから」ではなく日常のケアとして

「体が硬い=根性が足りない」という捉え方は、可動域制限が投球障害・腰痛のリスク要因として研究で示唆されているという事実とは、まったく異なる話だ。むしろ、肩や股関節の柔軟性を保つケアは、痛みが出てから慌てて取り組むものではなく、日常的な習慣として位置づけるべきものだと言える。専門家によるストレッチ指導や、練習前後のセルフケアを継続することは、こうした可動域の制限を予防・軽減する上で意味を持ちうる。

まとめ

肩の内旋可動域制限(GIRD)や、股関節の内旋可動域の制限は、投球障害肩や腰痛のリスク要因として、複数の研究で関連が報告されている。「体が硬くても気合でカバーできる」という精神論ではなく、可動域を維持・改善するケアを日常的に積み重ねることが、選手の体を守る上で科学的に理にかなったアプローチだと言えるだろう。

なお、本記事はプロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論・体づくりを解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB公式の投球トラッキングデータ(回転数やメディカルチェックの実測値など)を保有しておらず、本記事の内容はすべて公開されている学術論文からの引用であり、当サイト独自の分析は含まれていない。繰り返しになるが、痛みや違和感がある場合は自己判断せず、必ず医療機関に相談してほしい。