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球速アップのために科学的に根拠があるトレーニングとは ― 「走り込み」「投げ込み」を見直す
2026年7月21日
「球速を上げたければ、とにかく走れ」「とにかく投げ込め」。少年野球からプロ野球まで、日本の指導現場では長年これが「基本」とされてきた。ただし近年、アメリカの研究機関やトレーニング施設を中心に、こうした伝統的な指導法を科学的に検証する動きが進んでいる。今回は、球速アップに関するトレーニング方法について、査読論文や実績のある分析機関の知見をもとに、「実際に効果が示されているもの」と「根拠が薄いもの」を整理する。
まず前提:球速は単一の要素では決まらない
球速は、下半身の力の生み出し方、体幹の使い方、腕の振り方、体格、そして動きの効率(力を無駄なく伝えられるか)など、複数の要素が組み合わさって生まれる。そのため「これさえやれば速くなる」という単一の魔法のトレーニングは存在しない、というのが大前提だ。以下で紹介する研究も、あくまで「一つの要素として関連が示されている」ものであり、これだけをやれば球速が保証されるという話ではない点をあらかじめお断りしておく。
ウェイテッドボール(加重球)トレーニング:効果はあるが、故障リスクとのトレードオフ
通常の硬式球(約145g)より重い、あるいは軽いボールを投げるトレーニングを「ウェイテッドボール(加重球)トレーニング」と呼ぶ。アメリカのバイオメカニクス研究機関ASMI(American Sports Medicine Institute)や、データ分析に力を入れるトレーニング施設Driveline Baseballを中心に、多くの研究が行われてきたテーマだ。
6週間の加重球投げ込みプログラムを行った研究(出典:PMC6254244)では、参加者の球速が平均で向上したという報告がある一方、個人差も大きく、変化がなかった選手や、むしろ球速が落ちた選手も一定数いたことが分かっている。つまり「加重球を使えば誰でも球速が上がる」というほど単純ではない。
より重要なのが故障リスクの問題だ。2025年に公表されたプロ野球投手を対象にした予備的研究(出典:International Journal of Sports Physical Therapy掲載、PMC12222035)では、加重球トレーニングを行っていた投手グループは、行っていないグループと比べて、肘・肩を中心とした上肢の故障発生率、および体幹・体幹まわりの故障発生率がいずれも高い傾向が確認された。この研究はまだ予備的な段階(1年分のデータによる中間解析)であり、対象人数も88人と大きくはないため、これだけで結論を出すことはできない。ただし「効果がある一方で、故障リスクとのトレードオフが指摘されている」という点は、指導者・保護者として押さえておくべき重要な情報だ。
ASMIやDrivelineも、加重球トレーニング自体を「一律に危険」と否定しているわけではなく、「正しいプログラム(ボールの重さの範囲や投球数の管理)のもとで行えば、故障リスクを一定程度抑えながら効果を得られる可能性がある」というスタンスを取っている(出典:Driveline Baseball「Pitching Research: Weighted Balls」)。裏を返せば、専門的な知識のない自己流での導入は、リスクが上回る可能性がある、ということでもある。当サイトとして、これは怪我の予測や診断ではなく、あくまで研究で示された「傾向」として受け止めてほしい。
長距離走(走り込み):球速向上を直接支持する根拠は乏しい
「投手は走り込んでナンボ」という指導は、日本の野球界で特に根強い。ただし、これを直接支持する査読研究は、現時点では乏しいというのが実情だ。
理由として指摘されているのは、投球という動作の性質だ。投球は数秒以内に爆発的な力を発揮する「無酸素性(アネロビック)」の運動であるのに対し、長距離走は酸素を使い続ける「有酸素性(エアロビック)」の運動であり、鍛えられる体のエネルギー供給の仕組みそのものが異なる。アメリカのストレングス&コンディショニングの専門家であるエリック・クレッシー氏は、複数の研究をレビューした記事(出典:EricCressey.com「Should Pitchers Distance Run? What the Research Says.」)の中で、長距離走を中心にした調整(コンディショニング)を行うと、瞬発的なパワーが低下しやすいこと、また股関節の可動域が狭まりやすく、それが球速に関わるストライドの長さ(踏み出す一歩の大きさ)に悪影響を与えうることを指摘している。
ただし、これは査読論文というより専門家の見解・総説記事であることは明記しておきたい。また、すべての研究が長距離走に否定的なわけではなく、「距離を走らせても球速やパフォーマンスの低下は見られなかった」とする研究も存在する(学位論文レベルの報告であり、査読論文ほどの厳密さは確認できていない)。全体としては「球速向上の直接的な根拠は薄く、むしろ瞬発力とのトレードオフを指摘する声が多い」という整理が、現時点でのバランスの取れた見方と言えるだろう。多くの専門家は、長距離走の代わりに、40ヤード(約36メートル)以内程度の短い距離のスプリント(全力疾走)を推奨している。
ウェイトトレーニング(下半身・体幹の筋力強化):関連は比較的よく示されている
下半身や体幹の筋力と球速の関係については、加重球や長距離走と比べて、比較的多くの研究が積み重ねられている分野だ。2023年に発表された、909人の投手データを扱った系統的レビュー(複数の研究をまとめて分析した論文、出典:Journal of Sport Rehabilitation掲載、PubMed 36809769)では、股関節まわりの筋力が、成人投手の球速を予測する要因として比較的よく確立されている(well-established)と結論づけられている。ストライドの長さや、着地した前脚の膝の使い方、骨盤・体幹の位置関係なども、球速に関わる要素として挙げられている。
興味深いのは、必ずしも「スクワットの挙上重量(1RM、1回だけ持ち上げられる最大重量)」のような単純な筋力テストの数値が、そのまま球速と強く結びつくわけではないという点だ。複数の研究(出典:Journal of Strength and Conditioning Researchほか)では、垂直跳びや水平方向のジャンプ、あるいは横方向(体の側面方向)のジャンプ力といった「力を素早く、狙った方向に発揮する能力(パワー)」のほうが、単純な最大筋力よりも球速との関連が強く出るケースが報告されている。つまり「とにかく重いものを持ち上げられればいい」わけではなく、「力を速く、投球動作に近い方向に発揮できる」トレーニングが重要と考えられている。
まとめ:伝統的な指導と、根拠に基づく指導の違い
ここまでの内容を整理すると、次のような対比になる。
・ウェイテッドボール投げ込み:球速向上との関連を示す研究がある一方、故障リスクの増加を示す報告もあり、専門的な管理下での実施が前提とされる。
・長距離走(走り込み):球速向上を直接支持する根拠は乏しく、瞬発力の低下を指摘する専門家の見解が目立つ。相反する報告も一部存在する。
・下半身・体幹の筋力トレーニング:球速との関連は比較的よく示されているが、単純な最大挙上重量よりも、力を素早く発揮する「パワー」系のトレーニングとの関連が強く報告されている。
「とにかく走れ」「とにかく投げ込め」という指導は、精神面の鍛錬や基礎体力づくりとしての意味を全否定するものではない。ただ、こと「球速を科学的に伸ばす」という目的に照らすと、根拠の強さにはかなりの差がある、というのが現時点での研究の到達点だ。特に成長期の選手に対するトレーニングの導入は、体の準備状態や個人差によって適切な負荷が大きく変わるため、当サイトとして特定の方法を一律に推奨したり、怪我のリスクを断定したりすることは避けたい。専門知識を持つ指導者や医療従事者と相談しながら、研究で示されている「傾向」を一つの判断材料として活用してもらえればと思う。
なお、本記事はASMIやDriveline Baseball、査読学術誌などで公開されている研究・分析を紹介するものであり、当サイトが保有するNPB選手のトラッキングデータ(回転数や打球速度など)に基づく分析ではない。あくまで一般的なトレーニング科学の知見として読んでいただきたい。