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「体幹を鍛えれば球速も打球も伸びる」は本当か ― プランクと回旋動作は別物という視点
2026年7月24日
「体幹を鍛えろ」。少年野球からプロ野球まで、あらゆる年代・レベルの指導現場で聞かれる言葉だ。プランク、サイドプランク、ドローイン(お腹をへこませて姿勢を保つ動き)……こうした体幹トレーニングを取り入れているチームは今や珍しくない。「体幹が強くなれば、球速も打球速度も自然に伸びる」というのは、ほとんど疑いを持たれずに信じられている常識と言っていいだろう。ただし、この「体幹」という言葉が指しているトレーニングの中身をよく見てみると、実は一枚岩ではない。プランクのように体を一定の姿勢で「固めたまま動かさない」静的(アイソメトリック)なトレーニングと、投球や打撃の実際の動きで使われる「骨盤から始まった回転を体幹が受け渡していく」動的・回旋的な体の使い方は、運動としての性質がかなり異なる可能性がある。今回は、この2つを混同していないか、公開されている研究をもとに整理してみたい。
俗説:「体幹が強い」の中身は一つではない
まず整理しておきたいのは、「体幹トレーニング」と一口に言っても、そこには性質の異なる複数の運動が含まれているという点だ。プランクやサイドプランクは、体幹をある一定の姿勢に「固定」し、その姿勢を崩さないよう持続的に力を入れ続ける等尺性(アイソメトリック)運動である。一方、投球や打撃の動作では、体幹は固定されているのではなく、下半身で生まれた回転力を受け取り、タイミングよく回旋させながら上半身へと受け渡していく、動的で、しかも「回旋(ローテーション)」という特定の方向性を持った運動をしている。この2つは、どちらも便宜上「体幹トレーニング」と呼ばれるが、鍛えられる筋肉の使われ方(等尺性収縮か、回旋を伴う動的な収縮か)としては別物である可能性がある、というのが本記事の出発点だ。
体幹トレーニング全体としては、効果は「ある」が「緩やか」
まず大枠から確認したい。2023年にBiology of Sport誌に掲載された系統的レビュー・メタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析した論文)では、21件の研究を対象に、体幹トレーニングがバランス能力、投球・打撃の速度や距離、跳躍能力に与える影響がまとめられている(出典:Biology of Sport, 2023(PMC10588579))。この分析によると、体幹トレーニングはバランス能力の向上に対しては統計的に意味のある比較的大きな効果(効果量ES=1.17、p<0.0001)を示した一方、投球・打撃の速度に対する効果はES=0.30ではあるものの、統計的には有意な水準に届いていない(p=0.14)。つまり「バランス能力への効果」と「投球・打撃速度への効果」は、同じ研究の中でもエビデンスの強さがはっきり異なる、という点はまず押さえておきたい。
ここで注意したいのは、このメタアナリシスは野球に特化した研究ではなく、様々な競技・様々な種類の体幹トレーニング(プランク系だけでなく、回旋を伴うメディシンボール投げなども含む)を一括りにして統合した結果だという点だ。つまり「体幹トレーニングをすれば投球・打撃速度は多少なりとも向上する傾向がある」とは言えそうだが、「プランクのような静的トレーニングそのものが速度を伸ばす」と断定するには、もう少し踏み込んだ研究を見る必要がある。
体幹の「持久力」を鍛えても、バットスピードには直結しない可能性
より踏み込んだ手がかりとして、台湾の高校生野球選手61人を対象にした研究がある(出典:Isokinetics and Exercise Science, 2013)。この研究では、体幹を前後方向に曲げ伸ばしする力を一定時間保持し続ける「静的な持久力テスト」と、同じ方向の動きを繰り返す「動的な持久力テスト」の両方を行い、それぞれとバットスピードとの関係を調べている。結果は意外なもので、静的な体幹持久力(r=-0.404)、動的な体幹持久力(r=-0.308)のいずれも、バットスピードとは弱〜中程度の「負の相関」――つまり、この持久力テストで長く姿勢を保持できた選手ほど、むしろバットスピードが低い傾向が見られたのだ。
この結果だけで「体幹持久力を鍛えるとバットスピードが落ちる」と因果関係を断定するのは早計だろう。体格や筋肉の質など、他の要因が絡んでいる可能性もある。ただし論文の著者らは、体幹の前後方向の持久力(=プランクのような姿勢保持系のトレーニングが主に鍛える能力に近い)を過度に重視した指導は、バットスピード向上という目的には見合わない可能性がある、と指摘している。少なくとも「体幹の“何か”を鍛えれば、それだけでバットは速く振れるようになる」という単純な図式は、この研究からは支持されていない。
回旋方向の筋力・パワーは、バットスピードと結びつきやすい
一方で、体幹の「回旋(ひねる)」方向の筋力・パワーに注目した研究では、より一貫してバットスピードとの関連が報告されている。NCAAディビジョンIの大学野球選手33人を対象にした研究(出典:Journal of Strength and Conditioning Research, 2010。全米大会での発表抄録として公開されているもので、査読済みのフルペーパーではない点は留意したい)では、体幹を回旋させる筋力(ケーブルマシンでの最大挙上重量)とバットスピードの間にr=0.41、打球速度との間にr=0.43という中程度の相関が確認された。同様に、回旋動作でメディシンボールを投げる力(回旋パワー)も、バットスピードとr=0.36、打球速度とr=0.43という関連を示している。
興味深いことに、この研究では、実際の打撃姿勢のままバットとボールの接点で力を測定した「動作特異的な静的筋力(ある一瞬の構えを固定して発揮する力)」が、r=0.58、r=0.62と、回旋筋力よりもさらに高い相関を示していた。ただしこれは、プランクのような一般的な体幹保持トレーニングとは別物で、あくまで打撃という特定の動作・姿勢の中で発揮される専門的な筋力であることには注意したい。「体幹を固定する力」がすべて無意味というわけではなく、"どの姿勢で、どの方向に"固定・発揮する力かによって、競技動作との関連の強さが変わってくる、と理解するのが妥当だろう。
また、19人の成人野球選手を対象にした別の研究(出典:Isokinetics and Exercise Science, 2015)では、膝や肩の筋力がストライクゾーン内の一部のコースでのみバットスピードと関連していたのに対し、体幹の回旋筋力はすべてのコースでバットスピードと関連しており、重回帰分析(複数の要因の影響を統合して評価する統計手法)では体幹の回旋筋力だけが唯一、統計的に意味のある予測因子として残った。これらの研究を総合すると、投球・打撃のパフォーマンスと結びつきやすいのは、体幹を「固定したまま保持する能力」そのものよりも、「回旋方向に力を発揮する能力」である可能性が、比較的よく示されていると言えそうだ。
プランクの「保持時間」は何を測っているのか
ここで、プランクという種目自体についても触れておきたい。プランクは体幹の「静的な支持力」を鍛える代表的な種目として広く行われているが、実際にアメリカの大学陸上競技選手を対象にした研究では、プランクの保持時間の長さと下肢の障害発生率との間に統計的に意味のある関連は見られず、スクリーニング(選手の状態を評価する検査)としての実用性は限定的だと結論づけられている(出典:PMC8955794)。プランクを長く保持できること自体が、そのまま競技力や怪我の少なさを保証するわけではない、という点は覚えておいてよさそうだ。
「固める力」と「回しながら支える力」は別の技術かもしれない
以上を踏まえると、体幹トレーニングを「効果がある/ない」の二択で語るのではなく、目的に応じて種類を使い分ける発想が必要になってくる。トレーニング指導の現場では、まず「アンチローテーション(anti-rotation、外力に対して不用意に回転しないよう抵抗する力)」と呼ばれる、パロフプレス(ケーブルやチューブを体の前で押さえ、回転させられまいと抵抗するトレーニング)のような種目で体幹の安定性の土台を作り、その土台の上に、メディシンボール投げやケーブルローテーションといった、実際に回旋させながら力を発揮するトレーニングを積み上げていく、という段階的な考え方を紹介している解説記事もある(出典:True Sports Physical Therapy「Maximizing Rotational Power Development」)。これは査読を経た学術論文ではなく、指導者・トレーナー向けの解説記事である点はお断りしておくが、「まず固定する能力、次に回旋させながら支える能力」という段階を踏む発想自体は、ここまで紹介してきた研究の傾向とも矛盾しない考え方だ。
ただし、「動的な体幹トレーニングであれば何でも効果がある」というわけでもなさそうだ。一般成人を対象に、静的な体幹トレーニングと動的な体幹トレーニングをそれぞれ6週間実施して比較した研究(各グループ6人ずつと、サンプル数が小さい点には注意が必要)では、いずれのグループも、メディシンボール投げや垂直跳び、20メートル走といった実際の運動能力テストの記録には、統計的に意味のある向上が見られなかったと報告されている(出典:Journal of Bodywork and Movement Therapies)。体幹トレーニングを「静的か動的か」という軸だけで単純に切り分けるのではなく、負荷の大きさ・専門性(投球・打撃の動きにどれだけ近いか)・トレーニング期間なども含めて、総合的に考える必要がありそうだ。
少年野球・アマチュアの指導現場でどう考えればいいか
ここまでの内容を整理すると、次のように言えるだろう。体幹トレーニング全般には、バランス能力の向上を中心に一定の効果が示されており(メタアナリシスES=1.17)、投球・打撃の速度に対しても緩やかながら効果が示されている(同ES=0.30)。ただし、体幹を前後に「固定して保持する」能力(プランクなどが主に鍛える能力に近い)そのものは、必ずしも球速・打球速度と強く結びつくわけではなく、研究によってはむしろ弱い負の相関すら報告されている。一方、体幹を「回旋させながら力を発揮する」能力については、複数の研究で比較的一貫して球速・打球速度との関連が示されている。
このことから言えるのは、「体幹トレーニングをやっているから球速・打球速度が伸びるはずだ」という期待は、トレーニングの中身次第では外れる可能性があるということだ。プランクのような姿勢保持系のトレーニングには、体幹を安定させる土台づくりとしての意味は十分にあると考えられるが、球速や打球速度そのものを伸ばすことを目的とするなら、投球・打撃の動きにより近い、回旋を伴う負荷(メディシンボール投げなど)を段階的に取り入れる視点が、現時点の研究の傾向には近いと言えそうだ。とはいえ、成長期の選手にどの程度の負荷・種目を、いつから取り入れるべきかは個人差が大きく、当サイトとして特定のメニューを一律に推奨したり、怪我のリスクを断定したりすることは避けたい。専門知識を持つ指導者やトレーナー、医療従事者と相談しながら判断してもらえればと思う。
まとめ:「体幹」は単一の能力ではない
本サイトの別記事「腰と肩のねじれ(Hip-Shoulder Separation)」でも触れたように、下半身から始まった回転を上半身に伝えるタイミングの良さは、体幹を「安定させながら」動かせるかどうかという運動制御の巧みさに左右される可能性が指摘されている。また「運動連鎖」を扱った記事では、骨盤と体幹の捻転差がゴムひものような弾性エネルギーを生み出す仕組みを紹介した。今回見てきた「体幹トレーニングの中身」の議論は、これらの土台となる話でもある。プランクで培われる「固定する力」と、投球・打撃で実際に使われる「回旋しながら支える力」は、同じ「体幹」という言葉で語られがちだが、科学的にはやや性質の異なる能力である可能性が高い。「体幹を鍛えれば万事解決」という単純化された理解ではなく、目的に応じてトレーニングの種類を見極める視点が、今後さらに重要になっていくだろう。
この記事についてのお断り
本記事は、プロ野球LABがこれまで公開してきたNPB選手の成績データ分析(ピタゴラス勝率やLABバリューなど当サイト独自の試算指標)とは独立した、野球の基礎理論を解説するシリーズの一本である。当サイトはNPB公式の投球・打撃トラッキングデータ(回転数や打球速度、筋力測定値などの実測値)を保有していないため、本記事で紹介した数値・知見はすべて公開されている学術研究や専門家の見解からの引用であり、NPB選手個別のデータに基づく当サイト独自の分析は含まれていない。また、本記事は選手・指導者が現場で採用している特定のトレーニング方法を否定したり評価したりする意図はなく、あくまで公開されている研究知見を整理・紹介するものである。怪我のリスクについては断定的な予測を行っておらず、実際のトレーニング内容は専門知識を持つ指導者・医療従事者と相談の上で判断してほしい。